8月12日土曜日。日本を発つ前からカレンダーにマークをつけていた日、最も楽しみにしていた土曜日の1つ。2017年にここで2試合観戦して以来、6年ぶりに戻ってきた聖なるホームスタジアムでの試合。
いや正確に言えば、1ヶ月前の記事で書いたオーナーからの招待をはじめ、スタジアムにはもう何度も来ていた。それでもマッチデイのそれとは違う。駅から歩く30分の道のりですら、たくさんの青いユニフォームを見た。
↑の記事で「スタジアム内の写真は事情があり載せられない」と書いたが、その理由も今なら言える。スタジアム内が汚すぎて「撮らないで」と言われてしまったのだ。
VIPを迎え入れるボードルームですら一部天井が剥がれて配線が剥き出しになっていた。通常のチケットより3倍は高いホスピタリティパッケージの客を迎え入れるラウンジは廃墟同然だった。ピッチ内を見に行った時、張替え中の芝生以外にもあらゆる場所に茶色が見えた(スタジアム下段は安全面の理由で1年以上閉鎖中でもある)。
当然あの惨状は彼ら新オーナーのせいではない。ほぼ試合にも現れず、香港株式市場での株の値動きしか気にしていなかった、前オーナーによる無関心を通り越した犯罪的な運営の結果だ。
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この試合の前日から、生まれ変わったセント・アンドリュースの写真がSNSに出回っていた。外装1つ取ってもLEDボードが設置され、立体的なロゴが掲示された。スタンドにも至るところにインスピレーショナルな言葉やチャントが表出され、選手が入場するトンネル内も再塗装されている。
やる気のある有能なオーナーが来るだけでこうも変わるのか。その喜びを感じると共に、自分の中で当たり前になってしまっていた前時代の酷さを改めて思い知らされ、我々が辛うじて乗り越えたものの強大さにいかようにも形容しがたい気持ちも覚えた。
とここまで書けば、このチームのファンがいかにこの日を待ちわびていたかをわかってもらえるはずだ。私だけでなく、他の全員にとって特別な日。過去の苦しみに別れを告げ、新時代の到来を実感する日。後にも先にも、2023年8月12日のスタジアムにしかない雰囲気があった。
もう既に何度も来ているこのスタジアム近くのパブでは、「人が入りすぎて入場制限がかかっている」状態を初めて目にした。これには別の理由もあり、私が到着する30分ほど前まで、なんとここにあのトム・ブレイディが来ていたのだ。彼はもともと会長のビジネスパートナーで、「PRスタントではなく」しっかりとしたアドバイザリーロールを務めるべく新オーナーグループに参画した。そしてさっそく有言実行、ホーム開幕戦のためだけにイギリスまで来ていたのだ。
惜しいことをしてしまった。あとちょっと早く行っていればフットボール界で言うとメッシレベルの人物に直接会えて、パブ内の凄まじい熱気を経験できていたのに…。
https://twitter.com/TheRoostBCFC/status/1690712247184535552
それでもここにいる誰一人として、この日トムに会いにスタジアムに来たわけではない。最初は1人で行っても(もはや自分の存在が知れすぎていて)いろんな人に話しかけられるし、ビールは勝手に奢ってくれるし、試合が近付くにつれてチャントも発生してくる。これこそがマッチデイのホームパブだ。
スタジアムの中に入り、今シーズンずっとお世話になるシーズンシートに着席する。そしてすぐに立つ。座ってなんかいられない。
耳をつんざく爆音が響く。お馴染みのプレイリストが試合までの残り時間をカウントダウンしていく。選手が入ってくる。パイロが打ちあがる!我々の代名詞たるチャントが地面を揺らす!
このスモークに包まれた選手たちの姿、そして超満員のスタンドの光景を、私は死ぬまで忘れることはないだろう。それは些か現実離れしていて、だからこそ極限のリアリティを持った現実に感じられた。二度とあの悪政から逃れることはできないのではないかと誰しもが思っていた、そしてあのオーナーの下では絶対に実現し得なかった、そんな夢のような世界…。
左サイドのシリキ・デンベレがその実力をいかんなく発揮して相手の守備を切り裂いている。ライトバックのイーサン・レアードがリーグNo.1フルバックたる所以を存分に見せつけている。レフトバックのリー・ブキャナンも実に現代的で好守への貢献が著しい。
誰が一番すごいって、キャプテンマークを巻いたディオン・サンダーソンがどの場面でも正解を出している。空中戦でも足下でも負けない。シュートすら打たせない。
みんな若い。みんな熱い。みんな凄い。このチームは変わった、確実に変わった!
後半から三好が出てきて、デンベレとの見事な連携で最終ラインを何度も崩した。「あと一押し」があるのではないかという雰囲気が生まれた。
そして89分、追加タイムの表示を誰しもが気にし始めた時に、デンベレからの意表を突いたサイドチェンジで相手が焦り、レアードが倒された。声が上がる。審判を見る。手を上げた、PKだ!
ルーカス・ユーコヴィッチがマイボールを主張した。新時代、ホームでの初ゴール、おそらくは決勝点。不安はあったが、この苦難の時代を耐え忍んだ象徴たる背番号10、彼しかいない。
前を見れない人もいた。私は気付くと手を握りしめていた。形は違えど、誰もが祈った。ジューク、頼む!
恥ずかしい話、泣いてしまった。「嬉しい」を通り越した何かが去来していたように思う。
それはこれまでこのクラブを応援してきた(主に苦しい)日々への思い。イギリスに移り住むという自分自身の決断。このクラブを通じて出会った多くの人々への感謝。全ての感情が一気にこみ上げるゴールだった。
試合後もどんちゃん騒ぎは続いた。一緒にいた人のミスで待ち場所をミスってしまい、帰り際の三好に会うことはできなかった。でもそれはまた次がある。
パブに戻った後はもうめちゃくちゃだった。なぜか頬にキスマークがついているといろんな人に言われた!(覚えていない)。いろんな人と勝利の喜びを分かち合い、ある人とは来週のブリストルで、ある人とは再来週のホームゲームで、ある人とはいつかはわからないけど必ずまたここで会おうねと言った。名前なんかもはや聞きもしない。それは重要ではない。この日ここで時間を共有した、その事実だけがマターだ。
思い返せば、日本ではいつもPCかTVを通して1人で試合を見るのが当たり前だった。フットボールが「共に楽しむもの」だった時期はほぼなく、1人でぶつくさ言いながらスマホに向き合っていた。おそらくマイナーなクラブを応援している方のほとんどがそうなのではないかと思う。
この日、私はずっと笑顔だった。もともと好きな人と話すことがいつにも増して楽しく、言語の壁こそあれそれを障害に感じることなど一切なく、所狭しと広がる仲間の輪に身を任せてただひたすらに笑い話をしていた。
笑って、楽しんで、時には悲しみ、時には怒る。フットボールはそんな人間同士のコミュニケーションを深め、より豊かなものにすることができる。この上なくソーシャルで、だからこそ社会の中に溶け込んでいける。これまでにも気付いていたつもりのことが、より重要で偉大な存在として心に刻まれた。
イギリスに来て、よかった!
今週のEFLアイキャッチ
チャンピオンシップ - 2チームだけの2連勝、でもその内容は正反対?
League One - カラム・マクマナマン、10年越しの輝き!
League Two - 反逆のクロウリー・タウン
チャンピオンシップ
第2週を終え連勝したチームは2つだけ。毎年同じようなことを書いている気もするが、今年もこのリーグは常識にかからない。
その2チームはアイロニカルにも降格組と昇格組。レスターとイプスウィッチだが、その内容には大きな差があることもまた特筆だ。
前節は降格候補ロザラム相手とはいえ4-1の快勝を収めて乗り込んできたストーク相手に、イプスウィッチがまさしく王者然としたパフォーマンスを見せた。何せストークの初シュートが36分(23分に先制されていたのに!)で、その直前の34分には早くもアレックス・ニールが戦術的な交代すら行っていたほどだ。
「攻撃は最大の防御」を体現する昨季何度となく見た彼らの戦いぶりである。選手間の距離がただひたすらに的確で、ボールを前方に進めるための方法論が完全に確立されている。メンバーを見渡せば例えばレスターのスタメンに割って入れそうな選手は1人もいない(ジョージ・ハーストがエースなのは何とも象徴的だ)が、Cohesiveという意味では既に他の追随を許さないレベルに達していると思う。
前節のサンダランド戦は1人多くなった後の戦いぶりに課題を残したが、この日の出来なら心配することなど何一つないと言っていい。優勝予想した甲斐もあるというものだ。
国際配信カードにも選ばれていたためDAZNでも放送されたハダースフィールドとレスターの一戦。見ていた方なら言わんとすることを理解してもらえるはずだが、開幕戦に続き、レスターは非常にラッキーな形で勝ち点3を獲得した。
ただ流し込むだけでよかったミハウ・ヘリクの前半のミスなどは偶然としか言いようがなく、決勝点となったスティーヴィー・マヴィディディのゴールにしてもリー・ニコルズの責任を問わないわけにはいかない。前半の後方での捕まりっぷりにしても完成形には程遠く、深まったのは自信よりも懸念の方だ。
また彼らのGK事情も非常に興味深い。開幕戦で負傷してしまった正GK候補筆頭のマッツ・ヘルマンセンがこの日は欠場、ミッドウィークのカラバオに出場したヤクブ・ストラルチク(昨季はハートリプールにローンされL2からの降格を経験)がこの日も先発し、なぜかダニー・ウォードとダニエル・イヴェルセンの2人のGKがベンチに座っていた。
客観的に見れば、序列としてはストラルチクは第5GKと見るのが妥当だ。ウォード、イヴェルセンはいずれもこのレベルでは確実に正GK級の選手で、加えて忘れられがちだがアレックス・スミシズというベテランもいる。ただこれはあくまで実績だけで見た話なので、この3人を差し置いてストラルチクを使うというアイデア自体理解はできるし、実際この日も彼はいくつかの好セーブを見せた。
しかし問題なのはベンチに(おそらく戦力外扱いの)実力者を2人も置いたことだ。第3GKが必要なのはわかるが、2人置く意味は全くわからない。レスターとしては彼らを早く売らなければいけないはずだが、これは「第5GKの後塵を拝す」彼らの価値をいたずらに下げるばかりでなく、もし何かがあって出場してしまった場合にはその後の移籍の選択肢も狭める(選手は1シーズンにつき2つのクラブまででしか出場できないため)。
形として2連勝なのが唯一の前向きな材料で、レスターのここまでの2試合の内容、そしてその周辺環境自体はむしろ不安が増すものだと言ってもいいだろう。少なくとも昇格するチームが得てして早期に示す「強いチームだ」という証拠は何も残せておらず、浮足立っている印象ばかりが残る。もちろんここから上昇しないという証拠もないが、まだ積極的に推すことはできない。
今週末最大のサプライズといえばQPRのシーズン初勝利だ。開幕でリーズと引き分け意気揚々とホーム開幕を迎えたカーディフを相手に、先週の惨憺たる出来からはファンでさえ予想しなかったであろう巻き返しを見せた。
昨シーズンの開幕前から大きな期待を背負う存在だったシンクレア・アームストロングにとっては、この先制点が待望のプロ初ゴール。しかしどうやら、その記念すべき光景を目に焼き付けることはできなかったようだ。
「正直に言うとコンタクトレンズが目の中でズレてまぶたのところに行ってしまっていて、全然見えていなかったんです。スミシー(ポール・スミス)が走ってきていたのだけ見えたので、とりあえず中にいようと。それで足を出してみたら入っちゃって!」
開幕戦の出来が悪かったという意味ではハルとシェフィールド・ウェンズデイの直接対決も注目を集めたが、オザン・トゥファンのハットトリックなどでハルが4-2で勝利。しかしこれは勝ったチームが良かったというよりも、破られて当然の守備を繰り返し負けたウェンズデイがあまりにも何も残せなかったという印象だけが残る試合だった。ましてバリー・バナンが負傷交代、光明が差す見通しすら立たない。
昨季PO準決勝の再戦となった一戦はコヴェントリーが3-0でシーズン初勝利。2試合を終え唯一の無得点チームとなってしまったミドルズブラだが、アクポム不在の影響か前線の流動性のなさは若干気になったものの、内容的には決して0-3で負けるような試合ではなかった。おそらくそのアクポムの移籍で手に入る8桁の移籍金をどう使うか、とりわけ失敗の移籍市場がここ最近続く中とあって、試合内容以上に気を配るべきはそちらの方だ。
そして当然忘れてはならないのが、2週目にして発生した今シーズン初のマッドハウス。13秒のイエローカードから97分の同点弾まで、サウサンプトンとノリッジが正気を忘れてしまった4-4ドローである。
League One
昨シーズンのLeague Two最優秀選手、サム・ホスキンスの見事なフリーキックが翌日の話題を攫うかに思われたDWスタジアムでの一戦。開幕から連勝、依然勝ち点は-2でもまるで首位に立っているかのようなウィガンの熱気を生む逆転勝利の立役者は、このクラブに全てを捧げる覚悟を胸にしたカラム・マクマナマンの特別な一撃だった。
(7:21あたりから)
2013年FAカップ、ウィガンのクラブ史に燦然と輝くタイトル獲得メンバーの1人にして、あの決勝戦の最優秀選手。10年の時が経ち、当時22歳だった若者は今や、32歳のベテランになった。
21/22シーズン終了後にトランメアからリリースされ、なんと昨シーズンは1年間を所属クラブなしの状態で過ごした。手を差し伸べたのは同じくその時の優勝メンバーだったショーン・マローニー監督。3月から彼をウィガンの練習に迎え入れ、クラブの消滅危機が去った6月末に正式契約を結んだ。
「半年間も練習することすら叶わず、もう頭の中では引退を受け入れて別の道を歩む決心をつけていました。そんな中で突然彼からの電話が来て、U23チームと一緒に練習してオファーを待とうと持ち掛けてくれました。ただ私を助けようとしてくれた善意からです。練習している内にコンディションが上がり、自信を取り戻し、トップの練習についていけるようになりました」
「精神的には休養して良かったと思います。下手したら引退したいとまで思っていました。トランメアの直後にもある程度オファーはありましたが、もうフットボールが嫌になっていたのを覚えています。ウィガンでは昔実績も残していたので、復帰することでそれを台無しにしてしまうんじゃないかという怖さもあり、最初電話を貰った時は恥ずかしさもあったほどです。しかし何にでも文句を言っていた昔とは違い、今は全てを謙虚な気持ちで受け止められています。メンタリティが変わったんです」
Callum McManaman: Wigan forward delighted at "best moment" after thinking career was over
初めて父の雄姿を生で見ることができた娘の前で、かつてのプロディガルサンは「人生最高の瞬間」を迎えた。ウィガンにあの10年越しの輝きが戻った。これ以上の言葉はいらない。
序盤から出し惜しみなく強さを見せつけるのはボルトンだ。今日終わったばかりのミッドウィークも含め、ここまでの3試合でいずれも3点ずつ取り、(1人退場もあっての)今日の93分にようやく今季初失点を喫した。ディオン・チャールズとヴィクター・アデボイェージョの凶悪なコンビネーションはここまで対戦したチームの手には負えず、最大の課題と目されたGKとRWBの穴埋めもそのウイングバック、ジョシュ・デクラス・コグリーが今日2アシストと言うことなしの活躍である。早くも頭一つ抜けたかもしれない。
そのボルトン、ピーターバラと並んで3連勝スタートの一角に名を連ねる昇格組スティーヴネッジの健闘ももちろん無視できない。土曜日のシュルーズベリー戦で許したシュート数は7本(枠内2本)。これに対しCB(!)のカール・ピアジアーニは1人で7本のシュートを放った。
これは多分に相手の問題もあるにしても、さすがはスティーヴ・エヴァンズ(ネッジ)とあって、チーム内の原理原則がはっきりしているからこそ新戦力の馴染みが本当に早い。相変わらず昨季と比べるとスタメンでさえメンバーの移り変わりが激しいが、それを感じさせないチームワークを見せる序盤戦の戦いぶりである。どこまで続くだろうか。
League Two
今年このリーグの順位予想を行った中で、クロウリーを降格候補に挙げなかった人はほぼいないのではないだろうか。理由は開幕前展望記事のL2の項に書いた通りだが、まさしくファンでさえ予想だにしなかった好スタートだ。
たかが3試合、されど3試合である。2勝1分、唯一全勝のジリンガムは別としても2位バロウとは得失点まで同じ。しかも戦ってきた相手がブラッドフォード、サルフォード(引き分けだったが内容では完全に優っていた)の昨季PO組2チーム、そして連勝スタートの降格組MKドンズだというのだから、組み合わせ的にはほぼ最悪と言っていい中でのこの成績だ。
もちろん3試合くらいで評価を下すのはあまりにも早計だが、少なくともこの成績だけでスコット・リンジーが非常に高いレベルでの称賛に値することは間違いない。額面通りならこの3チームには逆立ちしても敵わない戦力しか持たない中で、毎試合500本前後のパスを繋いで結果を残しているのは到底信じ難い功績だ。
週末に目立ったのはマンスフィールドだった。開幕戦は勝利したとはいえモアカムも決して万全の状態のチームではないが、それを差し引いても圧巻の被枠内シュート0本の圧倒ぶりだった。いつの間にかエイデン・フリントがいる最終ラインは彼を中心に非常に心強い顔触れで、悲願の昇格に向けどんどん穴は減ってきている印象もある。
またサットンのハリー・スミスが今シーズン行っている謎の競技についても触れておこう。先週相手GKの退場時に手を振っていたことで話題となった彼だが、今週はよくわからないもつれ合いから自身が退場となってしまい、挙句同じことを相手にやり返されてしまった。
もうそろそろ、フットボールで脚光を浴びる準備もすべきだ。