全ての事の始まりは木曜日(だと思う)。いつものようにスクールで授業を受けていると、あるインフルエンサー的サポーターからTwitterにこんなメッセージが来た。
何を祝おうとしているかと言えば、この日香港株式市場から正式に承認される見通しだったクラブ買収である。
バーミンガム(この記事だけは名前を出さないと意味が通らない!)のオーナーシップについては以前からブログやTwitterでも再三再四に渡って書いてきたが、遂にこの日、アメリカのヘッジファンドが正式にクラブのフルコントロールを握ることになっていた。
10年以上に渡って続いてきた悪政、フットボールクラブとしての体すらまともに成さない状態から解放される日。もしかしたら永遠に来ることがないかもとすら思えた瞬間の到来に、午前中から皆が狂喜乱舞していた。
まして私にとっては初の対面でのサポーターとの会話チャンスでもある。行かない理由はない。
午後6時、スタジアムから300mほどのところにあるパブに入ると、すぐに私は大勢の人に囲まれた。皆が手を差し出してくる。皆が歓迎してくれる。すぐに目の前にビールやらウイスキーやらが運ばれてくる(もちろん彼らが買ってくれた)。
「いつから好きになったのか?」「いつまでバーミンガムにいるのか?」「アウェイチケットが買えなかったら用意するからすぐ言ってくれ」。
ああ、ここは夢の中だろうか?
周りにいる人皆がサポーターで、皆が拙い私の英語を理解しようと頷きながら傾聴してくれる。頻繁に酔いすぎていないか心配して確認してくれる。チャントを歌う輪の中で、時に私に次何を歌いたいか振ってくれる。とにかく優しい。暖かい。
そしてそんな中で最も驚いたのが、“Davo“ との出会いである。彼は有名なVlog系YouTuberで、10年以上前から試合日ごとのファンの様子を撮ってYouTubeに上げ続けていた。すると数年前にクラブからヘッドハンティングされ、今はバーミンガムの職員として働いている。
https://www.youtube.com/@DavoBirmingham2
もちろん私も彼のことを知っていたので、向こうから話しかけてきた時は本当に驚いた。Davoはファンがオーナー交代を祝う様子をパブまで撮りに来ていたそうで、私のこともTwitterを通じて知ってくれていた。
彼もまたいろんなことを質問してくれて、挙句「君は有名人だから」と私単体の動画まで撮影してくれた(酔いすぎてどうしようもない英語を喋っているのでリンクは貼らない!)。
結局泥酔した後、その日は9時頃にパブを出た。Twitterではそのパブ内での動画が軒並みバズり倒していて、フォロワーも数百人単位で増えて多くのメッセージが来たので、とてもいい1日になったなあと満足して寝床についた。
次の日、それ以上に信じられないことが起こるとも知らずに…。
金曜日、(いろんな人から大丈夫か心配されたが)幸運なことにさほど二日酔いもなく、いつも通りスクールに向かった。
今週学んだ内容の小テストを終えスマホをいじっていると、見覚えのある名前から俄かには信じ難い内容のDMが来ていることに気付いた。
こんにちは、セント・アンドリュースに来て新しいマネジメントチームと会いませんか?興味があればメッセージしてください。
そのアカウントの名前は “jeremy dale“。何を隠そう、新オーナーの一人である。
何よりもまず、「本物か!?」と思った。確認したら私もフォローしていたし、有名どころのファンもフォローしていたし、他のクラブスタッフもフォローしていた。
本物だ。
すぐに行きたいと返事した。するとジェレミーは「今日1時に来れますか?」と送ってきた。いきなり今日かよ!!と思いつつ、これを逃す選択肢はないと思い、クラスメイトとの食事をキャンセルしスタジアムへと向かった。
(※スタジアム内の写真は事情があり載せられないそうです…すみません)
12時45分に着き、彼にどこに行けばいいかDMで尋ねる。返事がない。1時になる。返事がない。
Kop Receptionが空いていたので受付の人と話す。ジェレミーに招待されたと説明すると事情を理解してくれて、スタジアム内部に案内される。
階段を登っていった先でまずハッと息を呑んだ。2人の大柄な男性が待ち受けるように立っていて、私の顔を見て「会えてうれしいよ!」と言い握手を求めてきた。
うわやばい、この左の人、クレイグ・ガードナーだ!!
クレイグは今、バーミンガムでテクニカルダイレクターを務めている。選手獲得をはじめとした様々な部門に意思決定者として関わっており、新会長トム・ワグナーも就任直後のインタビューで「彼がいなければ今回の買収は起こり得なかった」といの一番に感謝を述べていた。
というかそれ以前に、私はずっと彼のプレイを見てきた。あの2011年のカーリングカップの優勝メンバーでもある!そんな彼が目の前にいて、それどころか自分の存在を認知してくれていて(SNSの人気者だと言っていた)、手を差し出してくれた。
今何が起きているのか、理解が追い付かない!
ジェレミーに招待されたことを話すと、すぐにボードルームに連れて行ってくれて、その後しばらくは彼ら2人と話していた。
もう1人の人(クレイグの衝撃がでかすぎて名前を忘れてしまった…)もとても親切で、ずっと興味を持って私の話を聞いてくれた。あそこにいたということは、彼もボードメンバーなのだろう。
ジェレミーは忙しいようでなかなか来ない。するとボードルームに一際大きな男性が入ってきた。彼は明らかにジェレミーではない。
この人はギャリー・クックだ!古くからのプレミアファンなら、タクシン→マンスールに売却された時のマンチェスター・シティのCEOとして記憶している人も多いだろう。
彼は去年からサウジリーグのCEOとしてロナウドなど大物選手の獲得をはじめとした戦略を取り仕切っていたが、もともとバーミンガム生まれのバーミンガムファンでアメリカ式ビジネスにも詳しいということで、新オーナーに招かれてCEOになった(彼の就任が正式に発表されたのはちょうどこの日だった)。
とても大柄で威圧感のある人物で、何より握手した時の手がめちゃくちゃでかく、あったかかった。
クレイグやギャリーは私がいることも特に気にせずいろんな話し合いをしていた。何なら途中で別の人が入ってきて、「この後練習場でやるディオン(・サンダーソン)のメディカルチェックについてなんですけど…」なんて話もしていた。
ウォルヴズからのサンダーソンの加入が発表されたのは翌土曜日のこと。「え、ディオン?」と私が小声で言うと、「まだ秘密ね」と言わんばかりにウィンクされた。「今、このクラブの最前線にいる…!」と思わずにはいられなかった!
またクレイグは、三好康児の獲得についても少し裏側を教えてくれた。おそらく書いても大丈夫な範囲で言うと、バーミンガムが彼に注目した最初のきっかけは代理人からの売り込み等ではなく、最近導入したスカウティングツール(Wyscoutではない)で彼がヒットしてきたかららしい。
また三好獲得レースは相当熾烈で、他にも「本当に多くの」クラブが彼にオファーを出していたのだという。その中での交渉は本当に大変だったそうだが、苦労した末に来てくれたとのことで、相当活躍を期待されていた。
(ちなみに冗談で「君のために取ったんだよ!」と言われたとき、嬉しすぎて頭がおかしくなりそうだった)
そうこうしている内にやっとジェレミーが来た(前のMTGが押していたそう)。彼は以前マイクロソフトの執行役員などもしていた人物で、その経歴に違わぬどっしりとした態度の人だった。
彼は私がファンになった経緯を既に知っていた。それはDavoに話した内容だったので、おそらく彼が私のことをジェレミーにも伝えてくれたのだろう。なんという急展開だろうか。
スタジアムを一通り案内された後に、ジェレミーは私の方をまっすぐ向いてこんなことを言ってくれた(もっと長かったけど)。
この素晴らしい場所に来てくれてありがとう。君のようなサポーターがいてくれることはクラブにとって本当に大きい。
”We really valued you”.
ジェレミーだけでなく、ギャリーなど他のボードメンバーも「BluesTV(クラブ公式チャンネル)は何してる?早く彼を撮らないと」などと言ってくれていた。
私はアイドルのファンになったことはないが、「推しに認知された」ことを喜ぶ彼らの気持ちが今は痛いほどよくわかる。
私は本当に幸運だ。行くのを決めた段階では彼らの買収なんてまだ噂レベルでしかなかったし、当然三好の「み」の字も出ていなかった。
暗黒の前オーナー時代がまだ続いていたとしたらそもそも木曜のパーティー自体がなかったし、私への歓迎を間違いなく後押ししてくれている今のファンベース内に漂う前向きな雰囲気もなかったし、このスタジアム招待もありえなかった。
悪い言い方をすれば、私のような話題になっている存在は新オーナーにとっては格好の好感度PR材料になり得るし、そういった目的も多少はあって私は招待されたのだろう。
でもそのおかげでこんなに素晴らしい思いができるのなら、骨の髄までしゃぶりつくしてもらっても本望だ。前オーナーのパブリシティに協力するくらいなら死んだ方がマシだが、ジェレミーはじめクレイグやギャリー、一瞬挨拶できた新会長のトム・ワグナーも、みんな本当に素晴らしい人たちだった。
またボードルーム内で過ごした時間からは、日英での文化の違い、引いてはフットボール界の懐の深さの差を感じずにはいられなかった。
まずあんな簡単にボードルームに招待されるだけでも日本ではほぼ考えられないのに、おそらく機密事項と思われる情報を普通に話している場に「わざわざ日本から来たから」という理由でファンを招き入れてくれる。
なるほど、イングランドのフットボール界は、クラブを「人々のもの」だと本気で考えているのだな。
確かに一ビジネスとしては、もう少し警戒するなり情報に機密性を持たせるなりした方がいいのではないかと思う。でも実際にあんな経験をした側からすれば、私は今後人生で何が起ころうともこのクラブを応援していきたいという気持ちが確固たるものになったし、心の底から仕事をやめてここに来てよかったと思った。
これこそがイングランドのフットボール文化の神髄なのかもしれない。
驚くべきことにこの金曜日の段階では、まだイギリスに来て1週間も経っていない。激動の初週だった。
最初の2日間、私は知り合いがいない全くいない不安で押しつぶされそうだった。そんな状況を他のファンが救ってくれて、クラブそのものが救ってくれた。もう行きつくところまで来てしまっている気すらする。
でも重要なことを忘れていた。ああ、まだ試合を見に行っていない!
来週土曜日はチェルトナムとの親善試合を見に行く予定だ。待ちきれない。本当に。
今週気になったEFLのニュース
バーンズリー、EFLからの処分の対象に
アーロン・ラムジー、カーディフ復帰
バーンズリーのニュースは極めて既視感のある内容だ。処分対象となった理由として5つのEFL規約条項が挙げられているが、そのいずれもがオーナーシップに関するもの。もっと言えば、「正式に届け出が出されていない人物がクラブ運営に携わっている」ことを咎める事項である。
昨今のEFLはこういった問題に対して非常に厳正な対応を施してきた。直近ではバーミンガムが「買収が決まる前の段階で第三者がクラブ運営に携わった」(上で挙げた新オーナーが手を上げる前の昨夏の出来事)ことを理由に執行猶予付きの勝ち点剥奪処分を科されている。
今回バーンズリーにどういった処分が科されるかは依然不透明なままだが、おそらくさほど重い処分にはならないのでないかという見方が強い。
というのも、今回の件はバーンズリーによる内部調査によって発覚したらしいからだ。
バーンズリーを所有する中国資本のグループ「PCM」は、今現在では世界中合わせて計8つのクラブを所有している。
その中で最も有名なのがフランスのOGCニースであり、各クラブ間で選手やデータを共有するエコシステムを完成させていた。
しかしことバーンズリーに関しては、イギリスのEU離脱に伴う新ワークパーミットシステム導入に伴いその循環に加わることが難しくなり、また21/22シーズンのチャンピオンシップからの降格に際してグループ共同創始者のポール・コンウェイとチェン・リーが公衆の面前で仲違いする姿も頻繁に目撃されていた。
そのせいか昨シーズンからはクラブ運営の方針が明らかに変わり、よりイングランドに根差したクラシックな体制に代わっている。
もしかすると今回の動きは、クラブ内で正式に権力を掌握しようとするグループによる「PCM外し」のクーデターなのかもしれない。
体制健全化を第一義とするEFLにとっても利害が一致する動きだし、とにかくファンからすればさほど心配する必要はないと思う。
【カーディフ】
アーロン・ラムジーが帰ってきた。奇しくも先に名前を挙げたニースからの移籍、まさか現役でウェールズ代表キャプテンを務めているうちに戻ってくると予想していた人は少ないだろう。
エミリアーノ・サラの悲劇を巡るあまりにも悲しい移籍金支払い問題の法廷闘争によって、カーディフはこの夏まで(本来は次の冬までだったが短縮された)移籍金を支払っての選手獲得が禁じられている。
昨夏はフリーだけで14人もの頭数を揃える荒業にこそ成功したが、結局は監督の人選含めクラブとしてどこに向かいたいのかの方向性を示すことができず、最後は残留争いに巻き込まれた。
それに加えて(昨季監督を務めた3人の中では断トツで良かった)サブリ・ラムシをも解任し、昨季後半にローン加入し残留の立役者となったソリー・カバの再獲得もおそらく困難な状況。
2年連続のほぼ0からのスタートとあって、彼らが何よりも必要としたのはクラブのアイデンティティとなり得る存在だった。
その点で言えば、ラムジーほどの適任者はいない。
なんといってもカーディフのアカデミー出身で、今やウェールズ全体の英雄と言っても過言ではない人物。ギグスやベイルがこのユニフォームに袖を通すことはなかったが、ラムジーだって彼らに比肩し得る影響力を持つ。
加えてこの日同時に発表されたカーラン・グラントのローン移籍も光る。17試合で8点を取ったカバの後釜はなかなか誰にも務まるようなものではないが、彼はこういった(おそらく)アンダードッグの戦い方をするチームで1トップをしてこその選手だし、実績の面では申し分ない。
新監督のエロル・ブルットが未知数なこともあり、これらの補強だけで即座に下位争いという根強い戦前の評を覆せるわけではないが、置かれた状況を考えれば少なくとも補強面に関しては及第点以上の評価ができる。
現在行っているポルトガルキャンプではポルトやブラガといった強豪との対戦も組めており、今のところは前途洋々なシーズンの始まりとなった。