例年通りの1,671試合目、今年もEFLの1年がウェンブリー・スタジアムで幕を閉じた。
今年の千秋楽はチャンピオンシップの決勝戦、そしていつもと違うのはFAカップから「イングランド最終戦」の称号も譲り受けたこと。リーズとサウサンプトン、ともに3位と4位のチーム史上最高の勝ち点を獲得した両雄による一戦は、その名に恥じぬ名勝負となった。
私の心の中にも残る5月26日の記憶が色褪せないうちに、この決勝戦のレビューを書いてシーズンを締め括りたいと思う。
両監督ともに(監督としては)プレイオフ自体初挑戦、もちろんウェンブリーでの指揮も初めて。選手に関してもサウサンプトンは2名のみ、リーズに至っては一人もこの舞台を経験したことがないというナーバスな状況で迎えた大一番の決勝戦。過去10年で3点以上入った試合は2回だけ(しかも両方とも2-1)という舞台に相応しく、今年も実に緊迫感の溢れる1点差勝負の試合になった。
しかしこれをお読みの方ならとっくにご存じのように、必ずしも「入った点数=試合の面白さ」とはならないのがフットボールの奥深さだ。結果的には0-1となった試合、それでもこの90分間には、明らかにプレミアリーグ級の実力を持つ両者の高いレベルでの攻防がふんだんに詰め込まれていた。
試合序盤、先にペースを握ったかに見えたのはリーズの方だった。素早いプレスの出だしから相手の進出を許さず、右サイドに起点を作ってのカットインからのシュートが開始7分までの段階で早くも2本。リーズとしては明らかにこれしかないという形が準決勝のセカンドレグで見えた中で、そのチームとして取り戻した自信を炸裂させるかのような立ち上がりだった。
しかしどうしたことか、それが長続きすることはなかった。開始10分を過ぎたあたりからはやくも前線でのプレスのインテンシティが落ち始め、サウサンプトンの両CB、ヤン・ベドナレクとテイラー・ハーウッド=ベリスが自由にボールを持ち始めるようになってしまった。ここにプレスがかからなければサウサンプトンとしてはいくらでも前進の手段を持てることになり、試合の趨勢が変化していく。
ここに関連して何よりも印象的だったのが、特にセインツの陣内において両チームの選手が別の目的のために同じ相手同士をマンマークしていたことだった。特に顕著だったのは試合前のプレビューでも触れたジョルジニオ・ルターとフリン・ダウンズの組み合わせ。両チームのプレス、そして後方からの組み立てにおいて肝になる両者とあって互いの意識は凄まじく、試合のほとんどの時間において身体が隣り合わせだったように思う。そしてこれをリーズ側の観点から見た時に、ルターがダウンズの対応をするためプレスの最前線の行けず、先に述べたCBへのプレスのカバーを担当するのが1トップに入ったジョエル・ピルーだったことが1つ勝敗のアヤを分ける形となった。
13分のフリーキックに繋がったシーン、そして24分の先制点のシーン。いずれもセインツの攻撃の出発点となったのはほぼノープレッシャーでのCBのボール保持だった。得点のシーンについてはもちろん他にも種々の要因があり、例えば双方の足が止まって完全に膠着した状況から複数人の一瞬の動きで局面を打開したセインツの攻撃は当然素晴らしいものだし、イーサン・アンパドゥの異様なポジションの外し方はイリヤ・グルエフなど周囲の選手との間で何らかの深刻なミスコミュニケーションがあったのを示唆しているし、当然アダム・アームストロングのワンチャンスを逃さない集中力も素晴らしい。しかしそれら全てを加味した上でも、その前の時間から続いていたセンターバックへの対応の緩さがこの失点の出発点になっていることは明らかだ。
どちらが先制したとしても取られた方のチームが極めて難しい状況に追い込まれることは濃厚だったが、とりわけ今シーズン中にも何度もビハインド時からの打開に難を見せてきたリーズには殊更だった。しかしここではそれ以上に、サウサンプトン守備陣の集中力を褒め称えるのがより妥当と考える。ルターを封じるジョブを結果的には90分間見事にやり遂げてみせたダウンズの貢献の他にも、個人的にはマンオブザマッチはこの人に捧げられるべきだったとすら思うカイル・ウォーカー=ピーターズはあのリーグMVPクリセンシオ・サマヴィルを120%無効化するとてつもないパフォーマンスを見せ、また先に挙げたCBコンビの2人も何ら危なげなく全てのボールをコントロールし跳ね返し続けていた。リーズとしては特にルターとサマヴィルがボールに絡めないがために攻撃が線にならず、また残った右サイドのウィリー・ニョントも消極的なプレイと中へ中へという動きに終始したことで、前線が完全に機能不全に陥ってしまった。
大勢は変わらなかった後半も、リーズ側には1つの転機が生まれた。それはニョントに代わってダン・ジェイムズが投入されたこと。もはや試合のテンポを遅くしているだけだった右サイドにシンプルな突破と幅を使ったプレイを志す彼が入ったことで、ようやくリーズの攻撃に新たな側面が生まれた。
ただそれでもその後、いくら完全に抑え込まれていたとはいえ可能性自体は最も感じさせていたリーグMVPのサマヴィルを下げた判断からはさすがにお手上げ感が漂ったし、それ以上に試合を通して終ぞ何も生み出すことのなかった最前線のピルーに手を加えなかった(最終的に守備の枚数を削ってマテオ・ホセフが2トップとして投入されたが)采配には傍目に疑問を感じた。怪我でいない選手のことを言っても仕方がないが、前述したプレスの観点を踏まえても、ここにパトリック・バンフォードがいればどれほど違っただろうかと想像せずにはいられない。
そんな中でもリーズが最後に地力を示したのが試合の最終盤だった。左に出ていたジェイムズの仕掛けから放たれた84分のシュート、クロスバーがもう少し従順であればあの瞬間に試合は振り出しに戻っていた。その後もう1本ジェイムズには枠内シュートがあったが、これも左サイドからの崩しだった。
結果的にはリーズもシーズンを通して向き合い続けた課題に対してある程度の答えは出したことになる。しかしそれをさらに上回ったのは、あれほどまでに守備の組織力に疑念を呈され、プレッシャーのかかる舞台での成績にも疑問符を付けられ続けてきたラッセル・マーティンとセインツの進化の方だった。
開幕前、明らかに強力な陣容を要し昇格候補に挙げられた降格組3チームの中で、フットボール面で最もギャンブルに出たと評されたのがサウサンプトンだった。それはもちろん3人の新監督を横並びで比較してのこと。今まで「ブランド」としての評価は既に確固たるものとなりながらも、MKドンズでも、スウォンジーでも、そのスタイルが結果という形になる前に引き抜かれてわかりやすい功績を残したことがなかったマーティンという人事は、進歩的な価値観に親しみのない一般的なフットボールファンからの懐疑的な声を生んだ。
ここでまず称賛に値するのは、あの守備が大崩壊して4連敗を重ねた9月、その任命プロセスを信じ抜いたサウサンプトンのボードに他ならない。あの時外部からの雑音に屈することは簡単だった。当時まだ就任して間もないDoFジェイソン・ウィルコックス肝いりの人事、彼が別にクラブ内で実績を残してきた人物ではなかった以上、ウィルコックス諸共より短期的な成功への犠牲とする道だって十分に考えられた。その代わりにセインツのボードが示したのは、現代の全フットボールクラブが見習うべき姿勢だ。
結果的に今シーズンの昇格3チームの指揮官はいずれも、現在の仕事に就くまで一切の昇格の経験を持たない監督だった。マレスカはイングランドで初の監督職、マッケンナはトップチームでも初の監督職、そしてマーティンは過去率いたクラブの最高順位が10位。その彼が2度のリーグ優勝経験者であるファルケのリーズをPO決勝で破った。戦術が前衛化し、完全に欧州一流リーグの仲間入りを果たしつつあるチャンピオンシップの今を象徴するような出来事だ。
シーズンを通してそのスタイル構築力、これまでとは異なる期待・環境への適応力を示した彼は、監督としては初挑戦のプレイオフの舞台でも更なる飛躍を遂げてみせた。あのカルロス・コルベランを相手に2試合をマネジメントし切り、ミスした方が負けの我慢比べを見事に制してみせた準決勝。そして常々問題視されてきた守備の構築でリーグ随一のアタッカー陣を完全に封じ込め、タイトマージンの試合を見事にモノにした決勝。「ラッセル・マーティン」という概念が1つ上のステージへと昇華した瞬間だった。
https://x.com/Japanesethe72/status/1794953098286276703
彼のパーソナルなストーリーについてはTwitterに書き残したとおりだ。38歳にして持ち合わせる極めてユニークなキャラクターは、決して笑顔ばかりではなかったその壮絶な人生に起因するものだ。フットボール指導者として世界最高峰の舞台に到達する今、ラッセル・マーティンという人間の今後の歩みに期待せずにはいられない。彼にはフットボールのピッチ上だけでなく、その外においても人々の心を動かし、世界をより良い方向へと導く才能があるはずなのだから。
90ポイントという3位チームとしては前代未聞の勝ち点を手にしてもなお、ウェンブリーの地はまたもリーズ・ユナイテッドの挑戦を退けた。ルターが、サマヴィルが、ニョントが、グレイが。今シーズンいくつものモーメントを生んだスター選手たちが、この舞台では輝けなかった。
この敗戦についての責任を誰かに問うことは難しい。ダニエル・ファルケにしてみればこの慣れ親しんだ、そして明らかにこのチームに最も適した戦術で挑む以外の選択肢は存在し得なかったし、多少の交代策の紛れがあったかもしれないにせよ、結果的に彼に残された手段は限られていた。あの攻撃面の中心選手を最大限活かすためには、彼らにそれなりの自由を与えることがやはり最適解としか思えないし、だからこそ46試合で90ポイントという異常なポイントリターンが達成された事実から目を背けることはできない。何度でも言うが、これは平年であれば優勝でもおかしくないような数字だ。
この試合1つとっても、双方に歴然とした差があったわけではなかった。先に述べたようにリーズはミリ単位で終盤同点に迫り、あれほどの出来を見せたサウサンプトンの守備陣を追い詰めた。この日曜日の彼らの戦いぶりに恥じる点があったようには到底思わない。
その上で、これが今のチャンピオンシップで起こりうる事態なのだ。何も上位チームだけでなくマルティ・シフエンテス、ダニー・ルール、ルーク・ウィリアムズといった極めて先進的な考えを持つ戦術家たちが下位チームにもひしめき合う中で、このリーグの昇格ラインに求められる要素は3,4年前と比較してですら飛躍的に上がっている。誤解を恐れずに言うのならば、今シーズンのリーズはその選手編成の影響から、組織というよりは個人で戦う方に武器を尖らせたチームだった。最後の舞台で現れたのはその差だったのかもしれない。
夏にも冬にも退団を希望していたニョント、そしてさすがにもうこのリーグでやることはなくなってしまったサマヴィルなど、この夏には多くの選手の退団が予想される(ルターは移籍金を考えると残る可能性が高いように思う)。契約状況的に2年目を迎える可能性が高いファルケの下で、この夏の動きは極めて重要だ。ある程度は不可欠な売りオペをこなしながら、より「チーム」に相応しい選手を取ってこなければいけない。
来シーズン、降格組の3チームを含めた中でも、リーズが昇格候補の筆頭に挙げられることはほぼ間違いない。今シーズン以上に周囲からのマークを受ける立場にもなる。失敗とされるべきではない失敗のシーズンを受けて、この屈辱をより大きなバネへと変えることができるか。クラブにかかわる全員の決意が問われる。